平成15年度5月新人合宿報告
2003/5/1―5/5
佐々木惣四郎
(写真 兵頭 渉)
三田平へ出発(雷鳥沢にて)
本年久しぶりの新人2名が入り、剣・立山にて合宿を行った。新人2名に対し8名のOB構成であったが、天気に恵まれて5日間の合宿を無事終える事ができました。新人は運動不足であったにもかかわらず良く頑張ってくれました。またOBの頑張りも目立ち久しぶりに活気に満ちた登山をする事ができました。
参加者 小笹 孝、久保田淳三、佐々木惣四郎、藤村達夫、山田裕敏、大島一恭、兵頭 渉、八木信男。(卒年順)
(部外者 1名)
(現役)木野英史(法1)、小椋 剛(理1)
5月1日 室堂―雷鳥沢テント場
2日 雷鳥沢―剣沢三田平へ移動。雪渓訓練。
3日 1パーテイ 剣登頂。前剣―登頂―平蔵谷―テント場 8時間
1パーテイ 奥大日往復 10時間
4日 雄山往復 全員10名 8時間
5日 撤収
お山は晴天2998m剣岳山頂
三十数年ぶりの新人5月合宿!
s48卒 兵頭 渉
上野発の夜行列車乗ったときから、新人に何をどの順番で教えたものか考えたが中々整理がつかないまままどろみ黒部駅付近で目が覚めた。
電車、ケーブル、バスと乗り継ぎ、穂高・岳沢での自分の新人合宿を思い出しながら室堂の雪原に立った。快晴の空の下、昨夜の雪でうっすらと雪化粧した立山連山、大日岳、剣本峰を眺めながら考えた。
今回は雪上歩行と生活技術を習得して貰う事を目的として私のできる限りの手伝いをする事とした。
入山二日目にキックステップ、ノーアイゼン及びアイゼン装着での登下行、滑落停止姿勢、セルフビレイの練習を別山枝尾根の斜面で行なった。初めての経験で怖い思いもしながら、OB連中のさまざまなアドバイスに一つ一つ答えようとする新人の姿がそこにあった。
三日目は剣本峰隊(木野、兵頭、佐々木、藤村、山田)と大日岳隊(小椋、大島、小笹)本日下山される久保田先輩、それぞれがアイゼンを軋ませながら三田平のTSを早朝出発した。
剣本峰隊は別山尾根ルートを忠実に辿り、前剣の雪壁上部は木野、兵頭がザイルを使用して突破し平蔵のコルを経て、ジュラルミン梯子を登り、カニの横ばいでクサリを掴み午前十時に本峰に立った。360度の眺望を楽しみ遥か足元に見える三田平のTSを目指して下山を開始した。
平蔵のコルから登路と分かれて平蔵谷を下る。源次郎尾根からの土石を多く含む雪崩痕を見つつ、全方向からの陽光に照り焼かれながらノンストップで出会いへ向かった。
出会い間近で雪渓の下を流れる清らかな水の音に惹かれ一口と考えてクレバスを覗き込んだが流れは奥深く口にできなかった。
出会いからTSまでは暑くウンザリする雪渓を山スキーを楽しむ人たちの歓声を聞きながら最後尾で登った。20m先の木野君に追いつこうと努力するも暑さと渇きと日頃の不節制が祟りついに抜けないままTSへたどり着いた。
四日目は昨日入山した八木、佐々木両氏を加え全員で雄山往復(三田平、別山乗越、別山、富士の折立、大汝山、雄山)をした。入山以来続いたさしもの好天もこれでおしまいかと思わせる薄雲が高天に広がり初める中、アイゼン訓練を兼ねてTSから別山乗越までジグザグ登行。稜線に出ると視界は良好で雄大なアルプスの峰々を眺めながらの尾根歩きは昔日の思い出をかき立てた。
五日目は下山日。連日の好天に感謝しながら先を急ぐ大阪組とみくりが池温泉で別れ、日本で最高地に位置すると標榜する硫黄分の多い温泉に一人浸った。大日岳を浴槽から眺めながら思わず口ずさんでいた。
"山よさよなら ごきげんよろしゅう また来る時にも 笑っておくれ"
2003年5月 立山剣岳新人合宿
奥大日岳パーティ行動記録
(メンバー:現役;小椋 剛、OB;小笹 孝・久保田淳三・大島一恭)
記:大島一恭(S45卒)
5/2 快晴 TS発(5:30)−別山乗越(6:40)−室堂乗越(8:00)−奥大日岳(10:40−11:10)−室堂乗越(13:00)−別山乗越(15:00)−TS着(15:30)
3時起床5時発の予定が若干遅れて出発。早々にアクシデント、小椋君のアイゼンが外れる。調べて見るとビスが抜けて無い。
幸い直ぐ後ろの雪面上に落ちてるのを発見、事無きを得る。良く締まった雪面を別山乗越へ急ぐ。乗越で小椋君と小笹氏がアンザイレン、稜線と稜線直下の雷鳥尾根への下りの急斜面をコンテにて慎重に下る。(2日後の下山時には重荷を背負って小椋君ビビらずに降りてましたよ、急成長です。)ザイルを解き、奥大日の大雪庇を見ながら新室堂乗越へとグングン下る、立山川を覗くとスキーヤーが3人程滑りおりている。乗越から小さなピークを越え室堂乗越にて久保田氏と別れる。稜線沿いに(雪庇でないと思われる所を)2つ目のピークを登り、カガミダン乗越と思われる辺りで雪庇を避けハイ松の横でサブエッセン(乗ってる本人にはどの辺が雪庇か良く分からない)。
最後の急登はハイ松の右、完全に雪庇の上にトレース有り、是は遠くから良く見える大雪庇のはず。「安直で危険」を快しとしない小笹氏は小椋をアンザイレンし左へトラバースの指示。トップで大島はトレース無きハイ松の左を直登しラッセルに息を弾ませ、日頃の運動不足を呪っておりました。左足元は称名川へ切れ落ちており余り気持ちも良くない。ハイ松の切れ目で稜線に飛び出すと2611mの頂き(地図では少し向こうの2605mが奥大日岳の頂きとなっているが、ズット雪庇の上にトレース有り)、アーしんどかったでした。この稜線は剣立山の展望台としては最高。
下りはアンザイレンしている安心感からか小椋君の動きはスムーズ、称名川を足元に見るのはイヤなので、雪庇の上のトレースに沿って下り新室堂乗越でザイルを外し大休止。標高差400mの上り返しにうんざりとなりながらも、5月の穏やかな快晴の下、スキーヤとの会話も弾みノンビリと帰路に着く。
左は「初めての雪上幕営」。右は「明けゆく奥大日岳」(雷鳥沢)
左は奥大日の稜線を望み休憩。右は剣岳をバックに記念写真
左は前剣の雪壁を突破してめざす剣へ。右は明けゆく後立山
左はアイゼン軋ませながら雄山に向かう。右は立山連峰最高所3015m大汝山
左は別山乗越からの大日岳、奥大日岳。右は剣山頂より別山ルート
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