何とか歩けたヒィーフィー・トラック

藤本 光子

光子が去る10月1日に加古川の娘の家で倒れました。すぐに救急車で市内の脳外科病院に搬送され検査の結果「くも膜下出血」と診断され、ただちに手術。術後、合併症が発生し脳梗塞をわずらい、目下同病院で入院加療中です。果たして、何処まで回復するものやら不透明です。このニュージーランドの山旅の記録は2009年2月に南島の北西部にあるヒィーフィー・トラックを歩いたものです。全長80キロを5日間で歩きとおしました。あの元気であった光子が、もうもう戻ってくれないのではと思うと悲しくなります。     (2009年11月3日 藤本 勇記)

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ニュージーランドの南島はずっと晴れの日が続いていた。念願だったHeaphy Trackのハットパス(小屋券)をネルソンで手に入れて、トランスポートも頼んでタカカに向う。大きな丘を越えたタカカの町の宿の主人は、ジンバブエ生まれとかで話が盛り上がった。近くのFish&Chips屋だと2人で1000円くらいだけど、ビールも飲めないので夕食は少しぜいたくにレストランで魚料理とラム料理、ワイン。早めに眠りにつく。

翌朝、出迎えのミニバスが、コリンウッドを経てスタート地点のブラウンハットまで送ってくれる。一緒に歩き出したのは、イギリス人の兄弟とかいう2人組と私たちのみ。ブナの大きな木の林が続き涼しい。緩やかな登りが続く。初日なのでダンナの荷物は食料がけっこう重い。2時間ほど登ると、眼下に河の流れが見下ろせる見晴らしのよい休み処があった。昨夜、安宿でにぎっておいたおにぎりにのりを巻いて食べる。おいしいー。やっぱり私達にはおにぎりが一番。それからも七曲がりのようなゆるい登りが続く。シェルターに着いてから、もう小屋が見えるかと思うと、また巻き道が続くので少し疲れる。やっとPerry Suddle Hutに着いたが、一番最後だったので2段ベットの上しかあいていない。早く着いた人たちはトランプを楽しんでいた。イギリス人が親切に“変わろうか”といってくれた。まぁ上も暖かくていいでしょう。パスタをゆでて夕食を作る。水もガスもあるのでずいぶんラクチン。オーストラリアのパースから来たという親子5人連れのパパは、本当によく働く。ママは疲れて横になっている間に、5人分の食事とデザートまで作っていたのにはびっくり。私のとなりのベッドだったんだけれど、そのイビキの大きさには更にびっくり。どこでも眠れるというのが自慢の私でも夜中の2時頃まで眠れなかった。

 明け方は素晴らしい天気と鳥のさえずりで目が覚めた。スープ、パン、Teaと簡単な朝食をとる。最近ミルクは粉ミルクを使っている。軽くて持ち歩きには便利。マヌーカという木が、白い小花をいっぱいつけており風にゆれると、その香りが私達を包んでくれる。マヌーカのブッシュを歩くのは本当に幸せな気持ちになる。NZの人たちがブッシュウォークを好むのが理解できる。ハードビーチ(ブナ)も立派に育っていて、その細かい落ち葉がトラックの上を敷き詰めているので、なんとも心地よいクッションになっている。林を抜けると広い台地に出て、あたり一面ツソック帯で黄金色に輝く草原。大きな沢CAVE BLOOKの橋を渡り、その河原のきれいな水辺で、顔や体を洗って下着の洗濯をする。さっぱりして気持ちがいい。この後いくつかの支流をわたり草原地帯を進む。歩き出して4時間ほどで、この日の宿SAXON HUTに着く。このコースの上で一番新しい美しいハットだ。洗濯干し場まであってびっくり。トイレもハイブリッド仕様とかで、虫もいないし臭わない。ハットから木のボードを伝わって足を汚さずにゆけるように設計されている。ランチはヌードルスープとクラッカー。タイ風ヌードルだったけど、日本のチキンラーメンの方がおいしいかも。午後は皆読書したり、水浴びに出かけたりで静か。私達は昨夜の睡眠不足を取り返すために昼寝する。この日もすばらしい天気だったので、夜中の星空の美しさといったら表現のしようがないほどだった。まわりに明りがないのと、空気が澄み切っているからか。

     

ぐっすり眠った後は目覚めもすっきり。荷物をパッキングして歩き出す。1時間ほどでBuller Tasmanの境界線に着く。この辺りもマヌーカのブッシュと、草原が交互に現れ気持ちのよい道が続く。鼻歌まじりで歩いているうちにJams Mackey Hutに着く。Hutの近くからは明日下ってゆくHeaphy河の河口がよく見える。ワァー遠いなぁー。この日はタカカから来た2人の子供のママに料理をならう。乾燥ポテトを熱湯で練りツナ缶、チーズを入れて混ぜ、小判型にまとめたものをオイルで焼く。これがFish Cakeというんだそうだ。子供達はこれが好物らしく、おいしそうにおかわりしていた。翌日のランチのベーグルまで焼いておられた。アメリカ人の若い男性は、生姜をけずり、人参、玉ねぎ、乾燥豆をカレーパウダーのスープの中で20分間米と煮てカレーおじやのようなものを作っていた。いい香りでこれも又まねできそう。フリーズドライのなめこ汁に熱湯を注いだら、三つ葉、なめこ、味噌の香りがわっと来て“ウーン最高”と思ってしまった。後はライスとハムの簡単な夕食だけど、翌日はけっこう歩く時間がかかりそうなので、食べたらすぐ眠りにつく。

この日は6時に起きて6時40分に歩き出す。ブッシュの中をどんどん下ってゆく。段々と木の高さが増してくる。林の中でロビンという小鳥がすぐそばに来た。全然人を恐がらない様子。グレイの身体で白い胸、ころっと小太りで何ともかわいい。Lews Hutに着くと小屋の周りはFuntailがいっぱい。扇子を広げたような尾をたてて、見て!見て!といわんばかりに飛びまわっている。えさになるサンドフライはいっぱいいるんだから元気なはずだ。ニカウというやしの林が現れ始める。雨が降り出したので座って休めないのでドンドン歩く。朝から7時間は歩き続けて、やっとHeaphy 河の河口のHeaphy Hutに着いた。雨具を干し、甘いミルクティをたっぷり飲むと生き返った。今回は荷物を出来るだけ軽量化するために、砂糖を少ししか持って来なかったのが悔やまれる。雨も小降りになったので、Hutの外に出てみると、前は広い芝生が広がり、その先には打ち寄せる波、白砂のビーチと絵のように美しい。晴れていれば西海岸のサンセットはすごいらしい。Hutには網戸があり、さしものサンドフライも中まで入って来ない。一人旅のおばさんはExpress Riceという湯の中で3分間煮るだけのリゾットで夕食。彼女は5万分の1のいい地図を持っていた。歩いた道がよく分かる。

  ラストの日は午後1時30分にKohaihaiシェルターに迎えの車がくるので、遅れないように6時40分に歩き出す白い砂浜の広がるHeaphy Beechは長い。ほとんど平坦なやしの林の道がえんえんと続く。雨も時々ふってくるが林の中なのであまり濡れない。橋の上だとサンドフライも来ないか、と座ってオレンジをむき出したら、あっという間におしよせてくる。でもオレンジはジューシーで甘くてほっとする。にび色(鈍色)の空の下に大きな波が打ち寄せてはくだける。本当に雄大な景色だ。サンドフライに追われるように美しい海岸線をドンドン歩いて行くと、思っていたより早くシェルターに着く。

    

寝袋、食料、衣類をかついで全長82キロのグレートウォークを、4泊5日で無事歩けたと思うとうれしくなってきた。2人で握手。今回もニュージーランドの自然を感じさせてくれたトランピングだった。道、Hut、道標の整備に力を入れているNZ政府のDOCに感謝感謝。ちなみにDOCHut代は一人1泊1Bed1250円(ガス、水代こみ)。

 少し待っていると迎えのシャトルがやって来た。ウエストポートで時間調整のため40分間休んだので、その間に街角のカフェでトーステッドサンドイッチとコーヒーを注文した。トーステッドサンドイッチは中身にハム、チーズ、トマト、マシュルーム、オニオンなどをはさんで、こんがり焼いたもので私達のランチの定番。カフェのおやじが運んできた熱々のをかぶりつく。久しぶりのコーヒーと満点の味。帰って体重を量ってみたら2kg位へっていた。ダンナもぽっこりおなかが少し減ったようだ。あんまり食べないで歩いたらやせるものですね。

ネルソンへの帰る道中、揺られているうちに心地よい振動で眠りこける。ふっと眼がさめると外はホフツカワの真赤な花がまっさかり。まさに夏です。