ニンチンカンサ登山隊1998登頂記 (西稜新ルートより登頂) 

武部 秀夫(1978年卒)

ニンチェンカンサ

ニンチンカンサ(7206m)の西面。西稜ルートは左のスカイライン

8月15日(土)午前3時30分 
高度6350mの第2キャンプ。田村さんの「起きよう」という声で目が覚める。テントの外を覗くと星と月が出ている。ガスが多少でている様子であるが問題ない。BC建設以来、5000m以下だとほぼ毎日雨、それ以上だとみぞれか風雪が続き、好天がほとんどなかった今夏のニンチンカンサ峰にあって例外的なアタック日の気象状況である。同時に今日1日のみのチャンスであることが第2キャンプの3人(田村、山本、武部)には暗黙に解っていた。7206mの頂上まで約850mこの標高差を登り、安全に下降するには12時間行動は覚悟しなければと各人が思い、朝食は多めに食べる。そして早朝から水を大量に作り飲んだ。
まだ暗いなか午前6時30分ヘッドランプをつけ出発する。第2キャンプから上部10ピッチ程は6700mあたりまですでに固定ロープが西稜上を忠実にフィックスされており、ユマールをセットし比較的スピードをあげ高度を稼ぐ。少しずつ明るくなりはじめ遠くニンチェンタングラ山群かと思われる雪山が目に映る。
下方を見るとBC、氷河湖にABC、コルにC1、西稜雪の台地にC2と各キャンプがはっきり見える。逆に各キャンプから我々3人が見られているのでチョンボはできない。
第2キャンプからの西稜上部は雪壁の連続で、斜度が一部30°程になっているが雪の状態は非常に良い。フィックス終了地点からはデポしていた固定ロープを持ってさらに主稜線にむけて8ピッチ程、フィックスしていく。しかしそれでも主稜線へ届かない。最後は主稜線の左のクーロアール状の雪面を2ピッチ、ステップを深く作っていきながらノーザイルで、田村、山本、武部のオーダーで左上する。午後1時30分主稜線にでる。近くトゴロン峰がときおり見えだすが、主峰方面はガスが切れず視界が悪い。下降時を考え、この地点に赤旗を立てておく。主稜線上は雪が腐っておりここでアイゼンを脱ぎバイルをデポする。下方は西稜のラインが美しい。トゴロン氷河がズバッと切れている。

西稜

ニンチンカンサ西稜初登攀6200mの雪稜帯を登攀

主峰へ東に向かってくるぶしまでのラッセル。行く手右つまり南側のカロ氷河源頭への雪庇に注意を払いながら、赤旗を要所要所に立てつつ進む。
午後2時20分濃いガスの中だがかすかに前方が下っている地点に着く。どうやら頂上らしい。10分待ってもガスがきれない。高度計も7100mを指している。田村さんと協議し「頂上である」と判断する。ABCの隊長はじめ各キャンプと交信する。田村さんから隊長へ「とうとう頂上につきました。西稜を完登しました。ありがとうございました。・・・」山本さんも興奮状態で3人抱きあい感激に酔う。が、しかし・・・・
その時、東側のガスが一瞬切れた。目の前にもう100mから150m程高い雪のドームが見えている。3人唖然として「あれが頂上じゃないですか。」すぐに状況を隊長に交信する。ABCの隊長はじめ各キャンプも愕然とする。「ともかくあれを登るしかありませんね。」ここからの最後の登りが今遠征で一番しんどかった。頂上とあやまったピーク(実は北西稜とのジャンクションピーク)から20m程雪面を下降し、雪のドームの正面を喘ぎながらゆっくりと登る。登り切るとさらに稜線が続くが高低がない。やがてガスの切れ目に北稜が見えだす。3人そろって頂上に立つ。午後3時30分やっと登頂した。「幸福の源」である聖山の頂上雪面に最後の赤旗を立てる。
「関根隊長感度ありましたら応答願います。こちらアタック隊。」「さっきはどうも申し訳ございません。今本当の頂上につきました。みなさんのご支援ありがとうございました。」と田村さんの落ちついたしかも少々照れくさい声が頂上に響きわたる。
「頂上に着きました。西稜という新ルートから登頂させていただいて本当にありがとうございました。いろいろな方々からのご支援を登頂という形で昇華できてうれしいかぎりです。」さわやかな風が吹いていた頂上だった。
午後4時ガスも晴れないので下降に移る。ドームの下りは下降1ピッチ目を懸垂下降する。4時45分主稜線から西稜下降点の赤旗地点に戻る。このころから風雪激しくなり吹雪となる。登降時ノーザイル2ピッチの所は予備のスノーバーを支点に懸垂下降する。以降夕暮れ迫る吹雪のなか18ピッチの固定ロープをたよりに第2キャンプまで延々と、武部、山本、田村のオーダーで下降する。
午後7時45分猛吹雪のなか武部が少し遅れて先行2人が第2キャンプに無事帰幕。13時間30分の行動だった。ほんとうに今遠征中一番天気がもった1日であった。
隊長、登攀隊長に3人無事に第2キャンプにもどったことを報告し、水を作りほっとしたのは11時過ぎだった。「しんどかったけど1チャンス最大限にいかしたね。よかった」と田村さん。そのかたわらで山本さんが雪盲のため目が痛い痛いと大変。翌日は朝から吹雪、武部がABCへ下降。田村さんは山本さんに付き添い第2キャンプでもう一泊停滞。メンバーの祝福を受けながら3人が再び会えたのはABCにて8月17日の午後3時30分だった。隊員全員の力でニンチンカンサ西稜を初登攀し、登頂でき、事故なくベースキャンプにもどれたことを心から感謝します。そしてチベットの仏様に感謝します。
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