ニュージーランドの山旅
藤本 勇

 80歳を越えた義母を連れて2000年は南島、2001年は北島をレンタカーを使って、それぞれ1ケ月ニュージーランドの隅々まで走り回った。2年続きの旅で、すっかりニュージーランドの魅力の虜となってしまった。あれほど元気だった義母が2001年の秋に「葉っぱのフレデー」のように逝ってしまった。彼女と一緒の時は山を見ても山に入れず、ただ遠くから眺めているだけであった。ニュージーランドの各地を歩いていると深緑色のベースに黄色の文字のDOCの案内標識がある。一度は、この標識のもとを寝袋と食料を担いで歩いて見たかった。

NZの全国に深緑色のベースに黄色の文字の標識がある

 ニュージーランドではトレッキングのことを、トラッピングと呼ぶ。頂上を目指す"登山"とは違い、歩くプロセスを楽しむスポーツだ。よく整備されたコースが全国にあるのが、何よりうれしい。
 ニュージーランドのトラッピングコースを歩いたり、山小屋に泊まってみると、文字通り老若男女、世界各国の人々がこのスポーツを楽しんでいる。10代の若いグループ、子連れのファミリー、私達のような白髪の老夫婦、海外からの旅行者も多い。日本的な山登りの感覚からすれば、頂上にあまりこだわることもなく進むニュージーランドのトラッピングルートに違和感を覚えたこともあったが、実際にこの国のあちこちを歩くに連れてトラッピングとは変化に富んだニュージーランドの自然風景を堪能するのに理想的なスポーツである。

 トラッピングがニュージーランドの国民的スポーツであることを感じさせる、もうひとつの理由としてDOC(ドック)と通称される公的機関の存在が大きい。DOCとはDepartment Of Conservationの略で「環境保護省」とでも訳すことが出来る。日本の「環境省」にあたる。国内のおもなトラッピングのコースは殆どすべてDOCによって整備されているといっていいほどだ。
 ここでいう"整備"とは、決して大きな設備を造ったりすることではない。必要なところに橋をかけたり、水はけの悪い山道に排水溝を掘ったり、泥道に木道を設けたり、滑りやすい個所にはステップを、といった自然の景観を損なわない範囲で手を加えるやり方だ。山道を歩いていると、道の整備の仕方が実にうまく、感心させられることが多い。DOCのスタッフがアウトドアでの遊び方を熟知していることが伝わってくる。

  

左はスチュワート島のラキウラ・トラック。右は北島のエイベル・タスマン海岸線トラック

トラッピングコースはDOCが推奨している「グレート・ウオークGreat Walks」が有名である。
1. レイク・ワイカレモアナ・トラック(北島)
2. トンガリロ・クロッシング(北島)
3. エイベル・タスマン海岸線トラック(南島)
4. ヒーフィー・トラック(南島)
5. ルートバン・トラック(南島)
6. ミルフォード・トラック(南島)
7. ケプラー・トラック(南島)
8. ラキウラ・トラック(南島の最南端のスチュワート島)
人気度・知名度の高いのは、やはり"世界で一番美しい・・"などと枕詞のついたミルフォード・トラックです。夏のシーズン(10−4月)は定員制がひかれ、決まった行程で歩かねばならない。クリスマスから新年にかけては半年前から予約を入れねばならない。
ミルフォードの多くが「森」歩きであるのに対して、ルートバン・トラックは「山」歩きだ。コースの取り方も自由で景観も変化に富んでいる。
 次に人気の高いのが、エイベル・タスマン海岸線トラックである。ルートの多くは海岸の水辺を行くが、部分的にはボートの便もあるため、往路はトラッピング、復路はボート(又はその逆)といった手軽なプランを組むことも出来る。

 トラッピングの情報源として最も利用するのは各地にあるDOCの事務所だ。ここでは小屋の利用券(Hut Pass)の販売、地図やパンフレットの販売を行っている。グレート・ウォークを歩くときはDOCで売っている1ドルの案内書の地図で十分である。それほどコースの整備が行き届いている。DOCのホームページでは、主要なトラッピングの情報やHutの予約も出来る。URL http://www.doc.govt.nz/ (英語版)で
explore > Tracks and Walks > Great Walks とクリックすれば貴重な情報が得られる。ルートバーンの地図

地図をクリックすれば拡大の地図になります。→

 私達夫婦は2003年2月2日から4月30日までニュージーランドで暮らした。その間に最南端のスチュワート島のラキウラ・トラックを2月8日から10日まで歩き、次にルートバン・トラックを2月13日から16日にかけて歩いた。日本の若い娘さんとオークランドの南にあるハミルトンという町のフラットの一室で1ケ月ほど暮らした。その間にエイベル・タスマン海岸線トラックを3月30日から4月2日まで歩いた。一番、山らしいルートバン・トラックの手記を女房の光子が書いたので、それを紹介する。

 2月13日 朝、銀行で両替をすませ、最低限必要な物のみをパッキングして、クイーズタウンからグレノキーに向かう。よく晴れたワカテイプ湖が光る。ルートバーンシェルターで靴ヒモをしめ直し、いよいよ歩く。
 すき通った流れに沿ったなだらかな樹林帯の道が続く。DOCのお姉さんが道の補修をしていた。みとれるような長い脚。4人組みのイギリス人は植物が好きらしく、しょっちゅう立ち止まるので、足の遅い私よりもかなり遅れている。2時間ほどでフラット小屋に着く。ガス、水OKで心丈夫。夕食はスモークサーモンとレタス、すまし汁、白飯。のりまきを作っていると皆不思議そうに見るので、オランダ人の男の子にあげると彼はオランダでよく寿司を食べているらしく、とっても喜んだ。
 遅くに着いたので2段ベットの上しかあいてなくて横になったものの、どうにも落着かない。マットレスをひきづり降ろしてリビングで広々と眠る。

 夜中、ものすごい雨。でも朝はカラリと晴れ上がった。対岸のNorth Branchは増水のため渡れずに断念。小屋の前はブラックベリーの群生地。鈴なりのベリーをあきずに食べる。おいしい。
 フォールズ小屋には1時間半で到着。着いたとたんに雹が降り出し本当に私たちはラッキーだった。あとで続々と来る人達は皆ズブぬれ。DOCのお兄さんはすごいきれいずきで、立派な小屋はトイレもキッチンもピカピカ。
 ストーブで日本から持参した餅を焼きおすそわけ。"醤油があればもっとおいしんだけど"と言ったら"ぼく持ってる"とすぐお皿と一緒に持ってきてくれた。やっぱり日本の餅はすぐれもの。自分で焼いたと言う暖かいマフィンにブルーベリージャムまでそえて持ってきてくれた。
 昨日から一緒のイギリス人達ともビスケットや何かの交換。ダンナはキャプテンで日本の江田島や横浜に行ったとか。なかなかステキなおじさん。昨夜はNZのおばさんが日本の教育について色々尋ねてくるので、教育とあんまり縁のない私は大変返事に困りました。その点DOCのお兄さんはむずかしいことは何も言わず、いきなりお餅とマフィンの交換。快適な小屋で夜もぐっすり眠る。明け方、この小屋も満天の星。天の川もはっきり見える。

 翌朝もすばらしい天気。雨で増水した滝を横に見てぐんぐん登ってゆく。ルートバン川の源流は小さな池がいっぱいあり湿地地帯。源流のハリス湖はけっこう大きくて美しい。ハリス湖を下に見るようになると、まもなくサドル。ここで荷物をおいてコニカルヒルに登る。1時間ほど登ると360度の展望の丘に着く。真っ白に雪をかぶったピークが全て見渡せる。ゆっくり展望を楽しんだ後サドルまで下る。
 ここで暖かいTeaを作り、サンドイッチのランチ。昨夜作っておいたのがおいしかった。
午後は山腹沿いのすばらしい道、時々小さな沢が流れ込み、そこでは必ず水を飲んでは休憩。おいしい水だ。ダンナは"至福の時だあー"とご満足のごようす。
 こんなにいい天気に恵まれ本当にラッキー。まもなくマッケンジー湖が下に見えてくる。
今夜の小屋だ。美しい湖のすぐそばにDOCの小屋が建っている。湖のそばでは皆、裸足で読書、ヨーガとのんびり静か。そこへダンナが大きな声で"光子、静かでええとこやなあー" "しー。"本当に困ります。

 翌朝、ホーデン小屋まではたいした登りもなく3時間で到着。ランチの後で自動車道のデバイドへ。出発前、無事荷物を担いで歩けるだろうか?とちょっと不安だったが、何とか完走。
 1時間遅れでいつものイギリス人グループが到着。皆で喜び合う。うちのダンナはえらい気をきかせて"マダム アフタヌーンテイー"とやっている。キャプテン夫妻は"イギリスに来たら是非よってくれ。古いけど大きな家だから何日でも泊まってくれ"と言ってくれたので,私も"古くて小さな家だけれど、何日でも泊まって下さい"と答えた。来年の春にはイギリスに行ってみようかな??

 Indipendent Walkなんてかっこよく聞こえるけど、要するにお金のない人は自分の寝具、食べ物を持って歩け、ということ。あー、一度ガイデッド ツアーに参加させてほしいなー。しかしルートバーンの道はお金持ちにも貧乏人にも平等に大きな感動を与えてくれる。すばらしいトラックでありました。ニュージーランドに感謝。
 今年の年末にはニュージーランド人もほとんど行ったことのないスチュワート島のラキウラ・トラックを光子が再度挑戦したいと申している。前回は予約が出来なかった"世界一美しいといわれているミルフォード・トラック"も歩く計画を立っている。また、ニュージランドの富士山とも言われているタラナキ山にも登る予定だ。

DOCのお姉さん  いよいよ源流へ

左はDOCのお姉さんが登山道の整備。右はいよいよルートバーンの源流へ。

透明度の高い沢  フラット小屋の前

透明度の高い沢。右はフラット小屋の前の風景。

雪山見ゆ  可愛い子供

雪山を見る。まだオシメもしている子供までがルートバーン訪れていた。

フォールズ小屋のキッチン  フォールズ小屋の食堂

DOCの小屋はガイデッド・ウオークの小屋よりも立派であった。

ハリス湖

ルートバンの源流にはハリス湖があった。

コニカル・ヒルの頂上より

コニカル・ヒルの頂上からの展望は素晴らしかった。

光子  勇

コニカル・ヒルの頂上での光子と勇。

ルートバーンの道は快適

よく整備された道を歩く。

マッケンジー湖

コバルト色に輝くマッケンジー湖。DOCの小屋が見えた。

イギリス人のパーティー

いつも一緒にあい前後して歩いたイギリス人のパーティー。

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